「ゲーム」  藤次郎は子供たちのクリスマスのプレゼントに”人生ゲーム”を買ってきた。このゲー ムはボードゲームのベストセラーで、藤次郎も妻の玉珠も子供の頃に遊んだ覚えがある。 喜ぶ子供たちと妻を交えて、その晩は家族でゲーム大会になった。  その夜遅く、藤次郎は玉珠と居間で並んでお酒を飲みながら、さっき子供たちと遊んだ ”人生ゲーム”の話題で会話が弾んでいた。  「買うときに、いろいろな種類があって、驚いたよ。やっぱり、時代の差かな…」  藤次郎は、目の前にあるさっきまで子供達と遊んでいたゲームの箱を手にとって眺めな がら言った。  「ふーーん、そうなの?」  玉珠は身を乗り出して、藤次郎と一緒にゲームの箱を眺めた。  「企業買収とか、株取引とか、なんかモノポリー(海外の買収ゲーム)に近くなってい るのもあったよ」 と言いながら、藤次郎はゲームの箱を開けて中に入ってるチラシを取り出して、そこに印 刷されているシリーズの紹介を示しながら言うが、玉珠はそれを見ずに  「へえーー、そういえば、ルールも覚えているのとちょっと、違っていたわね」 と、言って今更ながらゲームの説明書を見ていた。  「そうだね」  玉珠が自分の示したものに関心を示してくれないに対して藤次郎が残念に思って答える と、  「昔は、もっと子供が生まれたり、養子があったりしたと思うけど」 と、玉珠は自分の唇に人差し指を当てながら言った。  「うんうん、子供交換したりしてね」  藤次郎が悪のりして言うと、  「それに、借金が増えたりしたけど、取り立てとか厳しくなかったわ」 と、玉珠が真剣な顔をして言った。  「そうだったよね」 と言って、藤次郎は声のトーンを落とした。今居る家のローンという現実を思い出した。  「でしょ?」 と言って、玉珠はため息をつくと、  「…今の世の中にマッチしているのね…」 と、ポツリと言った。玉珠も家のローンの事を思い出していた。  「うん」  藤次郎は頷くと、シングルショットグラスのウィスキーをあおった。しばらく、二人と も黙っていたが、ふと玉珠は、  「そういえば、子供の頃、”デートゲーム”をやったのを覚えていない?」 と、突然言って藤次郎の方に向き直った。  「ああ、覚えているよ」  それは、藤次郎が玉珠の家に遊びに行って、最初は何人かの玉珠の友達と別のボードゲ ームをして遊んでいたのが、”デートゲーム”を始めると、その内友達が一人二人と帰っ ていき、とうとう藤次郎と玉珠の二人になって、ゲームをやめて二人で近所の公園でブラ ンコに乗って遊んでいたという思い出であった。そのことを藤次郎が話すと、  「…そうだったわねぇ」 と玉珠が笑いながら答えた。  「あの頃のゲームって、今のビデオゲームじゃないから決まり事なんていい加減だった ものねぇ…ローカル・ルールなんてざらだったし、途中で放り出したり、ルール変えたり して」  玉珠が目を輝かして藤次郎を見つめながら言うと、藤次郎は微笑んで  「工夫して遊んでいたものなぁ…」  「そうね」 と玉珠も微笑んで、口元にグラス運んで傾けようとしたが、ふと手を止めて  「…そう言えば、なんであのとき、途中でやめてブランコ乗りに行ったのかしら?」 と、藤次郎に聞いた。  「お玉が、『二人じゃ”デートゲーム”にならないから、遊びに行こう』って言ったん だよ」 と、藤次郎が困った顔で答えると、  「…そうだっけ?」 と、何かを思い出しながら空を見ていた玉珠であったが、ふと  「そう言えば、あのゲームまだ持っていたような…」 とポツリと言うと、藤次郎も思い出したように、  「…そう言えば、ここに引っ越ししてきたときに俺も見た覚えがある」 と言い出した。  「どこだったっけ?」  玉珠はさっきまで空にあった視線を藤次郎に戻し、目を見開いて藤次郎を見つめると、 藤次郎も目を見開いて、  「…多分、あるとしたら、居間の押入の奥…俺の持っていたボードゲームと一緒に入っ ているのでは?」 と、答えた。  「ねぇ、探そう」  「…いまからぁ?もう、何時だと…」 と言いかけたが、玉珠の真剣な顔に藤次郎は言葉をつぐんだ。  藤次郎と玉珠は居間の押入を開けて中を探った。すると押入の奥に”ゲーム”と書かれ た箱を発見した。  押入から箱を引っ張り出して開けてみると、果たして色々な当時のボードゲームが出て きた。  「懐かしい…」 と言いながら、玉珠はボードゲームを手に取って見ていた。そして、待望の”デートゲー ム”を見つけると、  「あったあった!」 と、大声で叫んだ。それは、子供が宝を発見したようなはしゃぎようであった。その横で 藤次郎は玉珠の様子に目を細めていた。玉珠は”デートゲーム”の箱を胸に抱えて藤次郎 に振り返ると、目を輝かせ  「ねぇ、あの続きをやらない?」 と言った。  「…続き?」  首を傾げる藤次郎に対して、玉珠はいっそうゲーム入った箱を抱きしめて、首を藤次郎 の方につきだして  「そう、”デートゲーム”の続き」 と言って、玉珠ははしゃいだ。  「『二人じゃ”デートゲーム”にならない』んじゃなかったっけ?」 と、藤次郎がからかうように言うと、玉珠は少し拗ねる様な顔をしてから  「…もう!じゃぁ、本当のデートしよ!」 と言った玉珠の目は据わっていた。  「そうだね」  その玉珠の気迫に一瞬たじろいで藤次郎は返事をした。その返事を聞いて玉珠はニッコ リと笑うと、居間のテーブルに戻り、水割りのウィスキーを一口飲んだ。後に残された藤 次郎は玉珠の行動をただ見ていた。  「…で、どこにデートに行くの?」  玉珠の座っているテーブルの向かいに腰を下ろしながら藤次郎は聞いた。その聞き方は、 半分はとぼけているような聞き方をした。  「…そうね。あの続きだから…あの公園でブランコに乗って…それから、どこかに行き ましょう」 と言いながら、玉珠は空を見つめながら言った。藤次郎は、「やっぱり」と思いながらニ ヤニヤしながら、玉珠の言葉を聞いていた。  「おとうさん、愁香も行く」  デートの当日。小さい末娘が玄関で靴を履いている藤次郎の袖を引っ張っていったが、  「お父さんとお母さんは、今日は二人っきりで出かけるのよ。お家にいよう…」 と、姉が末娘をなだめた。  「…つまんない」 と言って、末娘はふくれた。  「おとなしくお留守番しててね。お土産買ってくるからね」 と言いながら奥から玉珠が出てきた。  「待ったぞ!」 と憮然として声をかける藤次郎に対して、  「あら、女は仕度がかかるものよ」 と玉珠は平然と言った。久々に着飾った妻玉珠の姿に、藤次郎はテレを隠して冗談交じり に  「やぁ、見違えたね」 と言った。  「…遅い!(言うのが)」 と、言いながらも玉珠の顔は笑っていた。こうして、藤次郎と玉珠は十数年ぶりに二人っ きりで出かけた。 藤次郎